京都府北部・宮津市に、泊まる場所という枠組みを超えて、人とまちをつなぐ拠点が誕生しました。
ライブイベントや漁師体験、まち歩きツアーなど、ここでは日常と旅が交わるさまざまな取り組みが生まれています。
そうした場づくりを現場で支えながまちと向き合い続けているのが、ホテルmizuyaの支配人・筒井章太さんです。
なぜ彼はこの場所で、この仕事を選んだのか?そこには、地域の魅力を編集し、形にしていくという選択がありました。

筒井章太さん
北海道滝川市出身。
都内広告代理店勤務を経て、京都府北部・宮津市にてまちづくりの拠点となるコワーキングスペースの立ち上げを経験。現在は、ホテル「mizuya」の支配人として、地域の魅力を編集し、観光と暮らしをつなぐまちのメディアとしての宿づくりに取り組む。
mizuyaで担当している業務について

―現在担当されている業務について教えていただけますか?
筒井章太さん(以下:筒井さん):京都丹後企画が運営しているホテルmizuyaの支配人をしています。
業務としては、大きく分けて4つあります。
まず1つ目は、ホテルの経営・運営マネジメントです。
売上管理や集客、予約対応、スタッフのシフト管理など、デスクワークを中心に、ホテル全体がスムーズに回るための土台づくりを担っています。
2つ目は、集客や発信に関わる仕事です。
開業したばかりのホテルなので、どうすれば一人でも多くの方に泊まりに来てもらえるかを常に考えています。
SNSの運用や、じゃらん・楽天トラベルのページづくり、宿泊プランの設計など、予約につながる細かな施策を日々積み重ねています。
3つ目は、現場スタッフとしての仕事です。
フロントでのチェックイン・チェックアウト対応、朝食の調理や提供、カフェ営業時の接客、客室清掃やベッドメイクまで、支配人という立場だからこそ、現場の一員として動いています。
そして4つ目が、自分の中では一番大切にしている、地域プロデュースやまちづくりに関わる仕事です。
mizuyaを単なる「ホテル」とするのではなく、「メディア」や「場」として、まちの魅力や豊かさを感じられる機会を増やしたいんです。
漁師さんと組んだ体験プラン、アーティストやミュージシャンのライブ、地元の生産者やシェフとのコラボ営業などを通じて、地域内外の人たちがこのまちを好きになるきっかけをつくっていけたらと思っています。
また、アーティストの創作活動を支援する特別滞在プランや、アーティスト・イン・レジデンスの企画にも取り組んでいます。
mizuyaに入社したきっかけ

―ホテルをメディアとして捉える考え方は、どこから生まれてきたのでしょうか?
筒井さん:実は、もともと、ホテルをやりたいと強く思っていたわけではないんです。
そんな中で出会ったのが、mizuyaをプロデュースした株式会社水星の龍崎翔子さんの考え方でした。
龍崎さんが掲げていた「ホテルとはメディアである」というコンセプトに、強く共感したんです。
以前から僕自身も、ホテルはただ寝るための場所ではなく、地域の魅力を編集し、伝えていく存在になれると思っていました。
スタッフも、単なる宿の人ではなく、地域の案内人として関わることができた方が、ホテルの可能性や業務の幅はぐっと広がるはずだと感じていて。
だからこそ、その考え方に出会ったとき、これは自分がやりたいことと限りなく近いと感じました。

―京都丹後企画とのつながりはどのようなものだったのですか?
筒井さん:京都丹後企画は、ローカルフラッグとNEWLOCALが共同で立ち上げたジョイントベンチャーです。
私自身は4年前、東京の広告代理店から転職し、まちのコワーキングスペース「クロスワークセンターMIYAZU」の立ち上げに関わるため、宮津市へ移住しました。
その中で、同じ丹後エリアでまちづくりに取り組んでいたローカルフラッグ代表の濱田くんたちに出会い、ライバルであり友人として、3年ほど一緒に切磋琢磨してきました。
クロスワークセンターでの経験を通して、丹後・宮津というまちへの愛着が深まり、より腰を据えてこの地に根ざした事業に関わりたいと考えるようになりました。
フリーランスになるのか、起業するのか、いろいろと悩んでいた頃に、京都丹後企画を立ち上げてmizuyaをやる、という話を聞き、声をかけてもらいました。
自分で起業する道も考えましたが、好きな人たちと、好きなまちで、好きだと思える事業に本気で関われることを思うと、mizuyaでチャレンジするのは自分にとってとても自然な選択でした。
入社日は2024年5月1日で、登記上のmizuyaの開業日でもあります。
実はその日が、ちょうど自分の30歳の誕生日でもあって。自分で指定したわけではないのですが、mizuyaのスタートと自分の節目が重なったことに、少し運命のようなものを感じています。
mizuyaでのやりがい

―働かれている中で感じている、やりがいはどんなところにありますか?
筒井さん:大きく分けると、3つあります。
1つ目は、小さなホテルだからこそ感じられる、距離の近さです。全9室の宿なので、フロントも調理も清掃も、全部自分たちでやります。
朝ごはんを提供したときに、「かわいい」「きれい」と写真を撮ってもらえたり、自分が清掃した部屋の扉が開いた瞬間に、「めっちゃ綺麗、何ここ」と声が聞こえてきたり。
そうした反応が時間差なくダイレクトに返ってくる。それが、この仕事の大きなやりがいだと感じています。
チェックアウトの際に、「お兄さんのおかげで宮津が好きになりました」「また泊まりに来ます」と声をかけていただくことも多くて。その一言に、背中を押されている部分もありますね。


2つ目は、ホテルを通じて、まちの空気が少しずつ変わっていくのを感じられることです。
ライブやマルシェ、漁師体験、まち歩きガイドなどを重ねていく中で、「こんなホテルができたんだ」「宮津でこんな体験ができるんだ」と、地域の人たちが少しずつワクワクしてくれる感覚があります。
よくあるような、インバウンド向けに外から人を呼んで終わり、という形ではなく、
地元の人にも足を運んでもらい、「こんなに素敵な場所で音楽が聴ける」「自分のまちってこんなに豊かだったんだ」と感じてもらえる。
その瞬間に立ち会えることが、自分にとっては大きなやりがいです。
3つ目は、ここで働くスタッフ一人ひとりにとっても、人生のきっかけになる職場でありたいという思いです。
高校生のアルバイトから、移住してきた大人、主婦の方まで、本当にいろいろな人が関わっています。
このホテルで働くことで、「今が一番人生楽しい」「大変だけど、このホテルを一緒に作れて良かった」「宮津ってこんなに面白いまちだって知れた」と思ってもらえた瞬間に立ち会えること。それが、何より嬉しいですね。
mizuyaで経験した困難

―これまで大変だったことや、悩んだことはありますか?
筒井さん:開業前後の立ち上げ期は、本当に大変でした。
システム整備や人材採用、オペレーションづくりに現場業務まで、すべてが同時進行で、とにかくやることが多かったです。
自分はもともと、どちらかというとズボラなタイプで、調理や清掃も得意な方ではなくて。正直、そこに向き合うこと自体が大きなハードルでした。
でも、ゲストから見れば、おしゃれな料理が出て、気持ちよく眠れるベッドが用意されたホテルとして訪れてくれるわけで。
その期待に応えるには、自分がやるしかなかったんです。4月の開業は本当にギリギリでしたが、なんとかやり切ることができました。

もう一つ大きかったのが、起業するか、組織で働くかという悩みです。
地域プレイヤーを名乗るなら、本当は自分で借金をして独立すべきなんじゃないか、と考えたこともありました。
ローカルフラッグ代表の濱田くんのように、本気で起業している人たちへの憧れもありました。
ただ、自分が本当にやりたいのは、場づくりや出会いを編集すること。そのために、mizuyaという空間と、信頼できる仲間たちがすでにそろっている。
だったら、起業という形にこだわるよりも、このフィールドで本気でやり切る方が、自分の人生はもっと加速すると感じました。
mizuyaでの働き方

―現在の働き方について教えてください。
筒井さん:現場とマネジメント、どちらもやる、というのが自分の働き方の特徴です。
事業のPL(損益計算書)を見ながら、家賃や人件費を意識して企画を考えたり、スタッフの採用を自分で行ったり。
経営者と同じだとは言えませんが、かなり経営に近い目線で現場に立たせてもらっている感覚はあります。
一方で、企画はあくまで現場があってこそ成り立つものだ、という意識も強く持っています。
毎日コツコツと清掃してくれるスタッフがいて、チェックインや朝食、清掃といった基本的なオペレーションがきちんと回っている。
だからこそ、その上にライブやマルシェといった企画を重ねることができるんです。
企画や発信だけを前に出すのではなく、裏側の現場仕事も含めて、すべてがmizuyaである。その感覚を大事にしています。
また、京都丹後企画やNEWLOCALの他拠点ともつながっていて、秋田や長野など、全国の若手支配人との拠点会議も行っています。
自分と同じような立場で、同じような悩みを抱える仲間がいるので、一人で抱え込まずに、実践から得た学びを共有しながら走り続けられる。それは自分にとって、とても大きな支えですね。
mizuyaへの転職について

―東京から地域に移住して、どんな変化を感じていますか?
筒井さん:東京で働いていた頃も、それなりに楽しくて、成長している実感はありました。
ただ、地域で働くようになってからの方が、自分の人生を自分で動かしているという感覚は、圧倒的に強いですね。
京都丹後企画に入社し、mizuyaに入るのと同時に宿がオープンし、自分は支配人になる。
プレッシャーは大きかったですが、好きなまちで、好きな人たちと、好きだと思える事業に本気で向き合うという意味では、まったく違和感はありませんでした。
自分の中には、場づくりを通して、人の人生やまちの未来にポジティブな変化を起こしたい、という軸があります。
その軸さえブレなければ、起業という形にこだわらなくても、mizuyaというフィールドでそれを実現できる。今はそう感じています。
mizuyaで働く人の特徴について

―mizuyaや京都丹後企画で働いている方々は、どんな人が多いですか?
筒井さん:この間、創業1年の総会があって久しぶりに全員集まったんですが、「若いね〜」ってみんなで言ってました(笑)。
社員はほとんど20代で、伸びしろだらけのスタートアップという感じです。
一方で、mizuyaの現場はかなり多様です。高校生のアルバイト、20代の若手、30〜50代の主婦の方まで、本当にいろいろな人が関わっています。
企画や発信が得意なメンバーもいれば、経営のことは詳しくないけれど、「若い子たちが頑張っているから、清掃は任せて」と言ってくれる方もいます。
共通しているのは、このホテルそのものを面白がってくれていることだと思います。
マネジメントとしては、月に1回は面談の時間をつくって話を聞いたり、自分が現場に入れないときでも、「ありがとう」「助かっています」と、感謝をきちんと言葉にして伝えることを意識しています。
年齢も価値観もばらばらだからこそ、その違いを面白がりながら、一緒にホテルをつくっていけるチームでありたいですね。
京都府北部で働くということ

―最後に、京都府北部で働く魅力について教えてください。
筒井さん:東京で3〜4年働いた上で感じるのは、自分にとっては、地域で生きる方が豊かでワクワクするということです。
京都府北部、特に丹後は、海と山が近くて、自然も食も本当に豊かです。
鬼や妖怪の伝承に象徴されるように、歴史や文化も色濃く残っていて、何千年も続いてきたストーリーが、日常のすぐそばにあります。

もちろん、空き家や少子高齢化など、課題もたくさんあります。でも一方で、ここは一人ひとりが主人公になれる場所でもあると思っています。
自分は、その状況をチャンスだと捉えています。
たとえば、おしゃれなコーヒーが飲めるカフェをやってみたいと思ったとき、東京よりもずっと低いコストで挑戦できて、応援してくれる人も身近にいる。
地域は課題が多い場所というよりも、「自分の人生を楽しむための遊び場」なんじゃないかと感じています。
丹後には海も山もあり、京都市内にも2時間ほどで行ける。
自然や歴史、文化が一体となった場所で、自分のやりたいことに挑戦している面白い人たちが、たくさんいます。
東京ではなかなか出会えないような人たちが、ここでは普通に隣にいるんです。
もちろん大変なこともありますが、それでも毎年、今が一番人生が豊かだなと思えています。
mizuyaを通して、このまちの別の見え方に触れる人が増えたら嬉しいですね。
空き家だらけに見える景色も、解釈次第でまったく違って見える。その解釈の違いを、ホテルという場を通して伝えていきたいと思っています。
さいごに
吉田東京から宮津に移り住み、さまざまな経験を積み重ねてきた筒井さん。
その独自の視点で場づくりと地域の編集に向き合い続けています。
ホテルの枠を超え、まちの空気を少しずつ変え、人の人生に小さな火を灯す。mizuyaは、誰かの新しい一歩のきっかけになる場所として、これからさらに育っていくのだと感じました。
もしこの記事を読んで、 「こんな場所で働いてみたい」「このチームの一員として関わってみたい」そんな気持ちが少しでも芽生えたなら、ぜひ一度、mizuyaや京都丹後企画にお問い合わせください。
採用に関するお問い合わせ
株式会社京都丹後企画に興味を持たれた方は、ぜひ下記の株式会社NEWLOCAL採用ページからお問い合わせください。
会社情報
株式会社京都丹後企画
京都府与謝郡与謝野町字下山田1342−1
設立:2024年7月
https://www.kyoto-tango.co.jp
mizuya
京都府宮津市字鶴賀2085番地
tel: 0772-45-1734
eFAX: 050-3139-8446
https://mizuya-kyoto.com/main








